いつまでも若くいたい、老化を止めたい、できることなら若返りたい。老いに対する抵抗というものを、少なからず感じたことがあるのではないでしょうか。古くは紀元前2000年頃のメソポタミアで書かれた『ギルガメシュ叙事詩』という書物や、中国の古代文献『論語』や『黄帝内経』といった書物にも「不老不死・若返り」といった伝説が登場するほど、若返りというのは誰もが憧れ続けたものなのです。
そして遂に、この「若返り」が実現する薬剤の組み合わせを特定したという革命的な発表がアメリカのハーバード大学医学部の研究者チームにより行われました。
この研究は、アメリカのハーバード大学医学部遺伝学科教授のデイビッド・シンクレア(David Sinclair)教授が主導となり、ハーバード大学医学部、メイン大学、マサチューセッツ工科大学の研究者らで組織される研究チームが、「進行中の老化のプロセスを、1週間以内に逆転させることが可能な薬剤の組み合わせを特定した」という事をシンクレア教授自身のTwitterと医学誌『Aging』にて発表しました。
デイビッド・シンクレア教授は、「老化は元に戻せるか」という研究を長年に渡り行ってきた研究者の代表的な一人です。
今回の若返り研究はマウスを対象にして実施されました。成長ホルモン・メトホルミン・AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)という、酵素を活性化する薬剤の3種類をマウスに投与し、変化を研究したものです。
これら3種類の薬剤を投与した結果、マウスの老化した筋肉や肝臓組織、その他の臓器が若返ったのです。
今回の研究でマウスに投与された薬剤は、成長ホルモン・メトホルミン・AMPKです。
【成長ホルモン】
成長ホルモンは、脳にある「下垂体」という場所から分泌されるホルモンです。小児期には身長を伸ばす働きをしてくれたり、身体の成長には欠かせません。
成人になってからも成長ホルモンは必要なもので、筋肉・骨・皮膚を強くし、体内の様々な器官の修復や健康を維持する役割を果たします。また、成長ホルモンには脂肪分解作用もあるとされています。
【メトホルミン】
メトホルミンは、肝臓で糖が生成されるのを抑える糖新生抑制作用、筋肉や脂肪組織などの末梢で糖利用をうながす糖利用促進作用、小腸管からの糖の吸収を抑える糖吸収抑制作用という、3つの作用によって血糖値を下げます。糖尿病治療薬の中でも、非常に重要な薬剤の1つとされています。
*当サイトでは、「オカメット」や「グリシファージ」など、メトホルミンを含有する糖尿病治療薬のジェネリック医薬品を取り扱っております。
*メトホルミンについての詳細は「糖尿病治療だけじゃないメトホルミン「老化を防ぐ」と言われる理由をわかりやすく解説」で紹介しています。
【AMPK】
AMPKは「AMP活性化プロテインキナーゼ」とも呼ばれ、細胞内のエネルギー状態を恒常的に保つ働きを担います。細胞内のエネルギーが不足すると活性化し、糖や脂質などエネルギー代謝を調節する役割があります。
2型糖尿病や肥満治療のほかに、ガン、老化の調節因子としても近年注目を集めています。
そもそも老化とは、『個体の老化』と『細胞老化』にわけて考えられます。ここではまず、組織の機能が時間の経過に伴って徐々に低下していく『細胞老化』に着目します。細胞は通常、細胞分裂を起こして増え、新しい細胞が古い細胞に変わって体の機能を保ち続けます。しかし、細胞分裂が何らかの原因で止まってしまうと、細胞の老化が進行します。
細胞の老化が進むと臓器や皮膚などあらゆる部分に老化細胞が蓄積し、その結果として『個体の老化』つまり、体の衰えや肌の変化などといった目に見える老化が進行していくのです。
細胞で起こる代謝や反応には「NAD+」 という酵素が関係しており、健康維持や体力維持を担うのに不可欠とされています。 しかし、NAD+が欠乏することで様々な病気や加齢に伴う身体の衰えが引き起こされます。
このNAD+の減少を食い止めることによって、進行中の老化を改善できる可能性があるとして研究がされています。
山中因子とは、京都大学iPS細胞研究所の所長である山中伸弥教授らによって特定された遺伝子のグループです。この遺伝子グループはOct3/4、Sox2、Klf4、c-Mycという4つの遺伝子から構成されています。これらの遺伝子を特定の体細胞に導入することで、人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作ることができます。iPS細胞は、全身のさまざまな細胞に分化することができる技術です。
この技術は再生医療や老化研究などに応用され、将来的には多くの疾患の治療や組織再生に貢献することが期待されています。山中教授のこの発見が高く評価され、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。その功績により、iPS細胞研究は世界中で注目され、医学の分野における重要な進展となりました。
山中因子を用いたiPS細胞の作製技術は、老化現象を巻き戻して若返らせることができる手法として注目されており、日本でも理化学研究所をはじめ、北里大学や京都大学など数々の機関で研究されてきました。マウスに人のiPS細胞を移植したところ、マウスに毛が生えたという実験結果も報告されています。
アメリカのソーク研究所などの研究チームは、この技術を生きたマウスに応用し、老化した組織や細胞を若返らせる実験に成功しました。実験では、長期間にわたって山中因子を導入したマウスの腎臓や皮膚の機能が改善されたことが確認されました。
また、DNAメチル化パターンなどの老化指標も若返ったことが観察されました。これは、山中因子の効果によって細胞が若返ることを示す重要な結果です。
研究チームは、この技術が加齢に伴う疾患や神経変性疾患などにおいても細胞の機能や回復力を向上させ、組織や生体の健康を回復させる新しいツールとなる可能性があると考えています。つまり、山中因子を活用することで『細胞老化』に伴う障害を克服し、身体の健康状態を回復させる治療法の開発や、『個体の老化』の進行を抑えるのではないかと期待が寄せられているのです。
このような成果は医学の分野において非常に重要であり、将来的には加齢による問題や疾患の治療に革新的なアプローチをもたらす可能性があります。山中因子を用いたiPS細胞の技術は、再生医療や健康寿命の向上に向けた有望な展望を示しており、さらなる研究と応用が待ち望まれています。
シンクレア教授は、「NMN」という物質をマウスに投与することで、老化した筋肉や皮膚、脳などの組織や細胞を若返らせることに成功したと発表しました。
「NMN」は、生命体が作った最初の分子のひとつであり、生命維持に必要なエネルギーを生成するのに必須の分子です。NMNは体内に取り込まれると、前述の「NAD+」へと変化します。
しかし、NMNから変換されるNAD+は、加齢とともに体内から減少し、老化を進める原因のひとつと考えられています。
シンクレア教授らの研究では、NMNの量を若いときと同じレベルに戻すことで、体内で生成されるNADの量を増やし、老化によって衰えた体全体にエネルギーそのものを与えることで「虚弱」を治すことができると主張しています。また、NMNは眼の疾患や難聴、肝臓や心臓を守る作用や、肝臓がんに対する抗腫瘍効果もあると報告しています。
さらにシンクレア教授は、この技術が加齢に伴う疾患や神経変性疾患などにおいても細胞の機能や回復力を向上させて、組織や生体の健康を回復させる新しいツールとなる可能性があるとしています。さらに、人間にも応用することで、寿命を延ばすだけでなく全身の若返りを実現することができるかもしれないと期待しています。
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